本項では、以下の内容について解説します。
物質の屈折率は、波長に依存して変化する性質があります。この波長に依存して屈折率が変化する現象を分散といいます。
アッベ数(Abbe's number)とは、特定の波長間の屈折率の変化量から、分散の程度を表す指標のことです。
アッベ数は以下の式により定義されます。
(1)式の屈折率\(\large{n, n_X, n_Y}\)は、使用用途に合わせて特定の波長の屈折率を用います。
可視光域で使用される撮像レンズの設計では、(1)式の分子のnには、d線(587.562nm)の屈折率もしくはe線(546.074nm)の屈折率がよく使用されます。 d線を使用した場合には\(\large{\nu_d}\)、e線を使用した場合には\(\large{\nu_e}\)といった表記をします。
また、分母の\(\large{n_X-n_Y}\)を主分散といいます。 主分散には、F線の屈折率(486.133nm)とC線の屈折率(656.273nm)がよく使用されます。
一般的な光学ガラスでは、以下の\(\large{\nu_d}\)を分散の指標として使用します。
アッベ数の定義から、アッベ数の小さい物質ほど屈折率の変化率は大きく、アッベ数の大きい物質ほど屈折率の変化は小さくなります。
ここで、光学ガラスのLAF2とSF13を例に取り解説をします。
LAF2とSF13のアッベ数とd線、F線、C線における屈折率を表1に示します。
表1より、LAF2とSF13は、d線における屈折率\(\large{n_d}\)が非常に近い関係にあります。一方、LAF2のアッベ数\(\large{\nu_d}\)は44.8、SF13のアッベ数\(\large{\nu_d}\)は27.7と差分があることが分かります。
アッベ数の値から、LAF2と比較して、SF13の波長に対する屈折率の変化が大きいことが分かります。
ここで、図1にLAF2とSF13の波長[nm]に対する屈折率の変化をプロットした図を示します。
図1から、LAF2と比較すると、SF13の屈折率の変化の方が大きいことが分かります。
図1に示されているように、実際の屈折率の変化は非線形であるため、その変化の様子を表記するには複雑な関数を使用する必要があります。
一方、アッベ数は、定義式(2)からも分かるように、屈折率の変化を\(\large{n_F}\)と\(\large{n_C}\)により単純化して表しています。
アッベ数は、異なる物質どうしの屈折率の変化を人が直観的に把握し、比較できるメリットがあり、光学機器に使用するガラスの選択によく用いられる指標です。
アッベ数は光学系の色収差の検討に使用されます。
本章では、アッベ数の活用例としてアクロマートレンズ(achromatic lens)を取り上げ、アッベ数に関連した計算について解説をします。
プリズムに太陽光を入射させると虹色に分離される現象は、屈折率が波長によって変化することが原因となっています。
プリズムと同様に、レンズで光を結像させると、波長によって集光位置が変化します。
波長により結像位置が変化する現象を、色収差といいます。
例えば、単レンズに白色の平行光を入射すると、図2のように波長ごとに集光位置が変化します。
1枚の正レンズの場合、青色(F線)はレンズにより近い側、赤色(C線)はレンズにより遠い側に集光します。
図中では、青色(F線)、黄色(d線)、赤色(C線)による焦点距離をそれぞれ\(\large{f_F}\)、\(\large{f_d}\)、\(\large{f_C}\)として記載しています。
ここで、厚みの無視できる単レンズに平行光を入射したときの焦点距離とアッベ数の関係を求めます。
焦点距離\(\large{f}\)は、屈折率\(\large{n}\)、第1、2面の曲率半径がそれぞれ\(\large{r_1}\)、\(\large{r_2}\)であるとき、以下の式により表されます。
$$\large{\frac{1}{f} = (n-1)(\frac{1}{r_1}-\frac{1}{r_2})}$$
上式から、屈折率の変化を\(\large{\delta n}\)、焦点距離の変化を\(\large{\delta f}\)とすると、以下のような関係となります。 $$\large{-\frac{\delta f}{f}=\frac{\delta n}{n-1}}$$
ここで、\(\large{\delta f}\)をC線からF線での焦点距離の変化(\(\large{\delta f = f_F - f_C}\))と考えると、\(\large{\delta n = n_F - n_C}\)となるので、右辺はアッベ数\(\large{\nu_d}\)に置き換えることができます。 $$\large{f_F - f_C = -\frac{f}{\nu_d}}$$
上式は、左辺が青色(F線)と赤色(C線)の焦点距離のズレ、すなわち平行光を単レンズで集光したときの色収差の発生量を計算します。
上式より、単レンズでは、焦点距離\(\large{f}\)の\(\large{\frac{1}{\nu}}\)倍の大きさだけ、色収差による焦点距離のズレが発生することが分かります。
具体的に計算すると、前述のアッベ数\(\large{\nu_d=44.8}\)のLAF2の場合、\(\large{\frac{1}{44.8} \approx 0.02}\)であるため、焦点距離の約2%だけズレが発生します。
上記の計算式から、どれほどアッベ数の大きい低分散な光学材料を使用しても、1枚のレンズでは補正をすることができず、必ず色収差は残存してしまいます。
2枚のレンズを組み合わせることで、波長による焦点距離の変化を打ち消すことができます。
2つの波長で色収差を補正したレンズをアクロマートレンズといいます。
ここで、焦点距離\(\large{f_1}\),アッベ数\(\large{\nu_1}\)と、焦点距離\(\large{f_2}\),アッベ数\(\large{\nu_2}\)の2枚の薄肉レンズを密着させたとき、青色(F線)と赤色(C線)で色収差を補正するための条件について考えます。
2つの波長で色収差の補正を実現する条件は以下のように表されます。
また、薄肉レンズの焦点距離をそれぞれ\(\large{f_1}\)、\(\large{f_2}\)とすると、2枚のレンズが密着しているときの合成焦点距離\(\large{f}\)は以下のようになります。
(3)式と(4)式を連立させることで、色収差が補正されるときの焦点距離とアッベ数の関係を求めることができます。 $$\large{f_1 = \frac{\nu_1-\nu_2}{\nu_1}f }$$ $$\large{f_2 = \frac{\nu_2-\nu_1}{\nu_2}f }$$
上式より、\(\large{\nu}\)は正の数値であることから、色収差を除去するためには、焦点距離が正と負のレンズを組み合わせる必要があることが分かります。
また、\(\large{f_1}\)が正、\(\large{f_2}\)が負であるとすると、アッベ数は以下の関係を満たす必要があります。 $$\large{\nu_1 > \nu_2}$$
したがって、図3のようにアクロマートレンズでは、正レンズにアッベ数の大きいガラス、負レンズにアッベ数の小さいガラスのレンズが使用されます。
アクロマートレンズでは、負レンズにあえて小さいアッベ数のガラスを使用することで、正レンズで発生した色収差を打ち消す作用を持たせ、色収差の補正を実現させています。
LAF2とSF13の屈折率のデータは、以下の文献を参考とした。
・(1)国立天文台『理科年表 平成27年』丸善出版株式会社,平成26年11月30日発行, pp463 光学的性質 光学ガラスの屈折率