本項では、以下の内容について解説しています。
板状のガラスなど、ある特定の厚みを持った物質に光が入射すると、光は物質の表面と裏面で反射を繰り返します。このような物質内で繰り返される反射を、多重反射といいます。
物質内の繰り返される反射を考慮した場合、表面のみの反射率(透過率)とは異なる値が得られます。
本項では、この多重反射を考慮した場合の反射率や透過率の計算方法について解説します。
多重反射の例として、板状の物質内で多重反射が起きる様子を図1に示します。
まず、物質の厚みが光同士の干渉する距離(コヒーレンス長)よりも大きく、光の干渉が発生しないとします。
光が物質の境界面に入射すると、光は物質の境界で反射光と透過光に分割されます。
物質の表面を透過した光は、裏面で再び反射光と透過光に分割されます。(物質の裏面での反射を裏面反射や内部反射などということもあります。)
裏面で反射された光は、表面で再び反射光と透過光に分割されます。この表面で透過した光が、最初に表面で反射された光と重なり、光強度が足し合わされることになります。
物質内の反射と透過はさらに繰り返され、表面から透過した光強度を全てを足し合わせることで多重反射による反射率を計算します。
本項では、物質の厚みがコヒーレンス長よりも十分に大きく、光の干渉が発生しない条件での多重反射の反射率、透過率の計算方法について解説します。
一方、物質の厚みが光同士の干渉する距離(コヒーレンス長)よりも小さい場合、多重反射によって光の干渉が発生します。
光の干渉があるとき、反射光の強め合いや弱め合いが発生し、反射光の光強度が変化します。
例えば、反射防止膜は、ガラスの表面に薄い膜を作り、反射率を低減させる効果を持たせる技術です。
光の干渉が発生する場合は、単純に光強度を足し合わせるのではなく、光の電場の位相を計算に入れる必要があります。光の干渉が発生する場合の反射率、透過率の計算は多光束干渉と反射防止膜の項で解説しています。
本章では、まず多重反射の前段階として『多重反射を考慮せず、物質に光の吸収がない場合の反射率と透過率』について解説します。
図2のように、特定の厚みのある物質に光が入射したとき、光は物質の表面で反射光と透過光に分割されます。
また、物質中を進行した光は、物質の裏面で再び、反射光と透過光に分割されます。ここで、一度裏面で反射され、表面に進行する光の成分は計算に入れないとします。
入射光の光強度を\(\large{I_0}\)、表面の反射率を\(\large{R_1}\)、裏面の反射率を\(\large{R_2}\)とします。
このとき、反射光の光強度は、入射光の光強度\(\large{I_0}\)に表面の反射率\(\large{R_1}\)をかけた\(\large{R_1 I_0}\)となります。
また、反射されずに表面を透過する光の強度は、入射光の光強度\(\large{I_0}\)から、反射光の光強度\(\large{R_1 I_0}\)を引いた値となります。つまり、表面での透過光は以下のように計算されます。 $$\large{I_0 - R_1 I_0 = (1-R_1)I_0}$$ さらに、裏面から透過する光の強度は、表面を透過した光強度\(\large{(1-R_1)I_0}\)から、裏面の反射光の光強度\(\large{R_2 (1-R_1) I_0}\)を引いた値となります。つまり、裏面での透過光は以下のように計算されます。 $$\large{(1-R_1)I_0 - R_2 (1-R_1) I_0 = (1-R_1)(1-R_2) I_0}$$
反射率\(\large{R}\)と透過率\(\large{T}\)は、計算された光強度を入射光の光強度\(\large{I_0}\)で割れば良いので、以下のように計算されます。
以上から、多重反射を考慮しない場合の反射率と透過率は以下の式により与えられます。
$$\large{\displaystyle R=R_1 }$$ $$\large{\displaystyle T=(1-R_1)(1-R_2)}$$
前章では、裏面で反射した光については無視して計算を行いました。本章では、物質内で発生する多重反射を考慮して反射率と透過率を計算します。
本章では、『多重反射を考慮し、物質の光の吸収がない場合の反射率』の導出を行います。
図3に、厚みのある物質に光強度\(\large{I_0}\)の光が入射したとき、多重反射が発生した様子を図示します。
先述したように、表面で反射される光強度は、入射光の光強度\(\large{I_0}\)に表面の反射率\(\large{R_1}\)をかけた\(\large{R_1 I_0}\)となります。
また、表面で透過した光は、前章の計算と同様に、入射光の光強度\(\large{I_0}\)から表面の反射光の光強度\(\large{R_1 I_0}\)を引いた値となります。 $$\large{I_0 - R_1 I_0 = (1-R_1)I_0}$$ (上記の計算より、反射率\(\large{R}\)の面を透過した光の強度は\(\large{1-R}\)倍となるため、これ以降は\(\large{1-R}\)を透過率として計算に使用することにします。)
表面を透過した光は、裏面で反射され、再び表面から透過します。このとき、裏面の反射率\(\large{R_2}\)、表面の透過率\(\large{1-R_1}\)をかけることで、一度裏面で内部反射した光が表面から透過する光強度を以下のように求められます。 $$\large{R_2 (1-R_1)^2 I_0}$$
入射光が反射する方向に進行する光の光強度を全て足し合わせることで、多重反射を考慮した反射の光強度を求められます。
入射光が反射する方向の光の光強度を全て足し合わせると、以下のような計算となります。
\begin{eqnarray}
\large
I&\large = &\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2 I_0 + R_1 {R_2}^2 (1-R_1)^2 I_0 + \cdots\\
\large
&\large =&\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2 I_0(1+R_1 R_2 + {R_1}^2 {R_2}^2 + \cdots)\\
\end{eqnarray}
ここで、上記の(\(\large{1+R_1 R_2 + {R_1}^2 {R_2}^2 + \cdots}\))を初項\(\large{1}\)、公比\(\large{R_1 R_2}\)の等比数列の和として計算すると以下のようになります。 \begin{eqnarray} \large I&\large = &\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2\frac{I_0}{1-R_1 R_2}\\ &\large =&\large \frac{R_1 + R_2 -2R_1 R_2}{1-R_1 R_2}I_0\\ \end{eqnarray}
多重反射を考慮した反射率\(\large{R}\)は入射光の光強度\(\large{I_0}\)との比率により計算されるため、以下のように求められます。
$$\large{\displaystyle R= \frac{I}{I_0}=\frac{R_1 + R_2 -2R_1 R_2}{1-R_1 R_2}}$$
また、表面の反射率\(\large{R_1}\)と裏面の反射率\(\large{R_2}\)が等しい場合(\(\large{R_1 = R_2}\))、以下のように反射率が計算されます。 $$\large{R= \frac{2R_1 }{1+R_1}}$$
また、同様の計算により、多重反射を考慮した透過率を求めることができます。
図4に厚みのある物質に光が入射したとき、多重反射により分割した光が透過する様子を示しています。
物質の裏面から透過する光強度は、表面の透過率\(\large{1-R_1}\)、裏面の透過率\(\large{1-R_2}\)をかけることで求めることができます。 $$\large{(1-R_1)(1-R_2) I_0}$$ また、裏面で一度反射され、さらに表面で反射されて裏面から透過する光の強度は以下のように計算されます。 $$\large{ R_1 R_2 (1-R_1)(1-R_2) I_0}$$
ここで、裏面から透過する光の強度を全て足し合わせると、以下のように計算されます。 \begin{eqnarray} \large I&\large = &\large (1-R_1)(1-R_2) I_0 + R_1 R_2 (1-R_1)(1-R_2) I_0 + \dots\\ &\large =&\large (1-R_1)(1-R_2) (1 + R_1 R_2 + {R_1}^2 {R_2}^2 + \cdots)I_0\\ \end{eqnarray}
上記の(\(\large{1+R_1 R_2 + {R_1}^2 {R_2}^2 + \cdots}\))を初項\(\large{1}\)、公比\(\large{R_1 R_2}\)の等比数列の和として計算すると以下のようになります。 $$\large{I=\frac{(1-R_1)(1-R_2)}{1-R_1 R_2}I_0}$$
透過率\(\large{T}\)は入射光の光強度\(\large{I_0}\)との比率により計算されるため、以下のように求められます。
$$\large{\displaystyle T= \frac{I}{I_0}=\frac{(1-R_1)(1-R_2)}{1-R_1 R_2}}$$
また、表面の反射率\(\large{R_1}\)と裏面の反射率\(\large{R_2}\)が等しい場合(\(\large{R_1 = R_2}\))、以下のように透過率が計算されます。 $$\large{R= \frac{1-R_1 }{1+R_1}}$$
物質が光を吸収する場合は、吸収により光強度が減衰する影響を考慮する必要があります。
本章では、物質中で光が吸収される場合の反射率と透過率を導出します。
まず、物質中で光が吸収される場合の反射率を導出します。
物質中で光が吸収される場合、光の強度はランベルト・ベールの法則により、伝搬距離に対して指数関数で減衰します。
このとき、吸収により減衰する光強度の割合は、吸収係数\(\large{\alpha}\)という値により表されます。
物質の表面で透過した光の強度が\(\large{I_0}\)であるとき、吸収係数\(\large{\alpha}\)[cm-1]の物質中を距離\(\large{l}\)[cm]だけ進行したときの光強度\(\large{I(l)}\)は以下のようになります。
$$\large{I(l) =I_0 \exp (-\alpha l )}$$
図5に、厚み\(\large{l}\)[cm]、吸収係数\(\large{\alpha}\)[cm-1]の物質で多重反射が発生する様子を示します。(図では物質の表面に斜めに光が入射していますが、垂直に入射しているとします。)
図5のように、表面で透過した光は、裏面で反射され再度表面に到達するまでに、\(\large{2l}\)の距離を伝搬することになります。したがって、光強度\(\large{I_0}\)の光が物質中を一往復すると、光強度が\(\large{I_0\exp (-2\alpha l )}\)となることが分かります。
よって、吸収の成分を考慮して多重反射による反射率を計算すると、以下のようになります。 \begin{eqnarray} \large I&\large = &\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2 I_0 e^{-2\alpha l}+ R_1 {R_2}^2 (1-R_1)^2 I_0 e^{-4\alpha l}+ \cdots\\ \large &\large =&\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2 I_0 e^{-2\alpha l}(1+R_1 R_2e^{-2\alpha l} + {R_1}^2 {R_2}^2 e^{-4\alpha l}+ \cdots)\\ \end{eqnarray}
ここで、上記の(\(\large{1+R_1 R_2e^{-2\alpha l} + {R_1}^2 {R_2}^2e^{-4\alpha l} + \cdots}\))を初項\(\large{1}\)、公比\(\large{R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}\)の等比数列の和として計算すると以下のようになります。 \begin{eqnarray} \large I&\large = &\large R_1 I_0 + R_2 (1-R_1)^2 e^{-2\alpha l}\frac{I_0}{1-R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}\\ &\large =&\large \frac{R_1 + R_2 (1-2R_1)e^{-2\alpha l}}{1-R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}I_0\\ \end{eqnarray}
したがって、吸収のある物質における反射率\(\large{R}\)は以下のようになります。
$$\large{\displaystyle R= \frac{R_1 + R_2 (1-2R_1)e^{-2\alpha l}}{1-R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}}$$
次に、物質中で光が吸収される場合の透過率を導出します。
図6に光の吸収がある場合の多重反射による透過光の光強度を示します。
反射光と同様に、透過率についても以下のような透過光の光強度の和によって透過率が計算されます。 \begin{eqnarray} \large I&\large = &\large (1-R_1)(1-R_2) I_0 e^{-\alpha l} + R_1 R_2(1-R_1)(1-R_2) I_0 e^{-3\alpha l}+ \cdots\\ \large &\large =&\large (1-R_1)(1-R_2) I_0 e^{-\alpha l} (1 + R_1 R_2 e^{-2\alpha l} + {R_1}^2 {R_2}^2 e^{-4\alpha l} + \cdots)\\ \end{eqnarray}
上記の(\(\large{1+R_1 R_2 e^{-2\alpha l} + {R_1}^2 {R_2}^2 e^{-4\alpha l} + \cdots}\))を初項\(\large{1}\)、公比\(\large{R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}\)の等比数列の和として計算すると以下のようになります。 $$\large{I=\frac{(1-R_1)(1-R_2)e^{-\alpha l}}{1-R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}I_0}$$
透過率\(\large{T}\)は入射光の光強度\(\large{I_0}\)との比率により計算されるため、以下のように求められます。
$$\large{\displaystyle T= \frac{(1-R_1)(1-R_2)e^{-\alpha l}}{1-R_1 R_2 e^{-2\alpha l}}}$$
計算例として、ガラスで発生する多重反射を考慮した反射率と透過率の計算を行います。
屈折率\(\large{n=1.5}\)のガラスが空気(屈折率\(\large{n=1}\))中に置かれており、ガラスに垂直に光が入射したときの反射率について考えます。
(入射する光は、ガラスの吸収のない波長域であるとします。また、ガラスは光の波長に比べて十分に厚く、光の干渉は発生しないとします。)
まず、多重反射を考慮しない場合の反射率と透過率を求めます。
ここで、光が屈折率\(\large{n_1}\)の物質から、屈折率\(\large{n_2}\)の物質に、垂直入射したときの反射率\(\large{R}\)は以下のように計算されます。(屈折率と反射率の関係はフレネルの公式に記載しています。) $$\large{R={\left( \frac{n_1 - n_2}{ n_1 + n_2}\right)}^2}$$
ガラスの表面のおける反射率\(\large{R_1}\)を計算すると、\(\large{n_1=1,n_2=1.5}\)を代入し、以下のように\(\large{R_1 = 0.04}\)(\(\large{=4 \%}\))と計算されます。 $$\large{R={\left( \frac{1 - 1.5}{ 1 + 1.5}\right)}^2=0.04}$$
また、ガラスの裏面における反射率\(\large{R_2}\)も同様に\(\large{R_2 = 0.04}\)と計算されます。したがって、\(\large{R_1=R_2=0.04}\)となります。
また、多重反射を考慮せずに、ガラスの裏面から透過する透過率\(\large{T}\)は以下のように計算されます。 $$\large{T = (1-R_1)(1-R_2)=0.922 \cdots}$$
次に、多重反射を考慮する場合の反射率と透過率を求めます。
多重反射による反射率\(\large{R}\)を計算すると、以下のように計算されます。
\begin{eqnarray} \large R&\large = &\large\frac{R_1 + R_2 -2R_1 R_2}{1-R_1 R_2}\\ &\large =&\large \frac{0.04 + 0.04 -2\times 0.04 \times 0.04}{1-0.04 \times 0.04}\\ &\large =&\large 0.0769 \cdots\\ \end{eqnarray}
また、多重反射による透過率\(\large{T}\)を計算すると、以下のように計算されます。
\begin{eqnarray} \large T&\large = &\large\frac{(1-R_1)(1-R_2)}{1-R_1 R_2}\\ &\large =&\large \frac{(1-0.04)(1-0.04)}{1-0.04 \times 0.04}\\ &\large =&\large 0.923 \cdots\\ \end{eqnarray}
多重反射を考慮しない場合と、多重反射を考慮した場合で反射率と透過率をまとめると、以下の表のようになります。
多重反射なし | 多重反射あり | ||
反射率\(\large{R}\) | 透過率\(\large{T}\) | 反射率\(\large{R}\) | 透過率\(\large{T}\) |
0.04 | 0.922 | 0.0769 | 0.923 |
多重反射を考慮したときの反射率は、表面のみの反射率と比較して約1.9倍の大きさであることが分かります。